2011年03月22日

陽出でる国・東北福島



週末、燕市内のスーパーへカミサンと買い物へ。

レジも終わってカウンターで袋詰め。

そしたら隣りで袋詰めしている親子の会話が聞こえてきました。

親子のお父さん「今日は新潟の爺ちゃんトコ泊まってよ」

私が若い頃に聞き慣れていた「福島弁」でした。


オイラ「すみません。福島の方ですか?」

お父さん「はい。」

オイラ「大変でしたね。頑張ってください。」

お父さん「ありがとうございます。」

お聞きしたら郡山から来られたそうで奥さんの実家へ向かってるそうです。



福島県と新潟県は会津・越後の昔から深い縁がありました。

また新潟県内の小学校の修学旅行と言えば多くの学校が「会津若松」でした。



私は学校を終わって社会人となりお隣の三条市の金物問屋へ勤めたんですが、
営業回りするようになって始めての担当先が「福島県」のホームセンターでした。

もう25年以上も昔の事なので、現存するのか分らないけど、
平のカタクラさんとか、小名浜の山新さんとか・・・

東北全般に言えたことだけど、店員さんもお客さんも皆さん暖かい
いい人ばかりで大好きでした。



当時、新潟から福島へ車で出張の場合、磐越高速道なんて無かったので、
前夜に三条市を出発、国道49号線を夜中走り続けて、翌早朝に「いわき市」
へ入るのが普通でした。

まだ暗い朝方に、いわき市小名浜へ着き、仮眠するのに海岸へ。

そんな小名浜の海岸で、生まれて始めて見たものがありました。


「太平洋から昇る朝日」


新潟に住んでいると、日本海に沈む夕陽は見慣れているけど、
広がる大洋から煌々と昇る朝日は一度も見たことが無かったのでした。

この素晴らしい光景が25年以上経った今でもハッキリ覚えています。



それから結婚して家族を持ってから、子供達にもこの朝日を見せたかった。

どうせ見せるなら「その年、初めて昇る朝日」だな?

そんなこと思ってから、年末年始の福島県浜通り地方の天気予報を
見て完全快晴を狙って、家族で「初日の出ツアー」に行った事がありました。

確か上の娘が小学2、3年生、下の息子が幼稚園くらいだったと思います。
大晦日の「紅白歌合戦」を見終わってから車に毛布とカミサンと子供2人を
積み込んで一路、雪の降る磐越道を「いわき市」へ。

まだ暗い夜明け前に小名浜へ着いてから、コンビニでお弁当など買って
三崎のちょっと先の車を停めれる海岸へ。

そこで「初日の出」が昇るのを親子4人で待ちました。

・・結局、残る3人は寝てしまって昇る寸前に家族を起こしたんですが。。


私もカミサンも、当然子供2人も「太平洋から昇る初日の出」は始めて晴れ
言葉にならない程、感動したのを今でも鮮明に覚えています。




私が住んでいる新潟県の県央地区からだと、昇る朝日は一年の大半は
福島県がある方角から昇ってきます。

だから「私的」には、福島県は『陽出でる国』なのです。



今、福島原発の放射能漏れによって多くの方々が、愛する美しい福島の地から
他の場所へ避難されています。

一日も早く、福島原発の事故が治まり、地震と津波で多くの被災された人と街
が復興されて、笑顔と美しい福島や東北が戻りますように。



『陽出でる国』なので、きっと輝くような未来が訪れます。



「朝日を見に行こうよ / SMAP 」






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posted by まーらん at 22:03| 新潟 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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